理系人間なので「最高」とかの大袈裟な言葉はあまり使いません

理系人間は大袈裟な表現は使わない

理系人間はおそらく何でも厳密に考える傾向があります

こんにちは、本ブログ記載主のトーターです。

ずっと昔から思っていたのですが、欧米の人たちは何でも大袈裟に表現する傾向がありますよね。

普通に会話していても、「そいつは最高だぜ!」とかよく言うと思います。

昔から理系人間だった私からすると、
「本当に最高なのだろうか? 最も高いのだろうか? 他の事象と比較した場合でも明確な優位性はあるのだろうか?」
などと考えてしまい、
「実際は最高ではないのにテキトーなことを言っているのだろうなあ」
と苦笑してしまうのです。

しかし実際のコミュニケーション世界の中におきましては、こういう厳密なことを考える人というのは異端側になりまして、その場その場のノリで大袈裟だったり滑稽だったりすることを言うほうが好まれたりします。

まあさすがにおっさんを自称するような今の年齢にまでなりますと、そのへんの機微はちゃんと理解していまして、状況に応じて表現を使い分けることもできるようになっています。
(基本的に理系人間であることはそのままなので、使うとしてもたまにですが)

日本の若い人たちもそれなりに大袈裟ですね

私が若い頃は、大袈裟表現は主に欧米の人たちの特徴だと思っていたのですが、最近は日本の若い人たちも結構大袈裟になっているなあと感じます。

ちょっと良いことがあると「最高!」
ちょっと悪いことがあると「最悪!」

それ以外にも「地獄」とか「神」とかよく聞きます。

どれもこれもかなり極端な状況を表す言葉だと思うのですが、多用されているように思えます。

大袈裟な表現を使った方がおそらく面白くて盛り上がるでしょうから、厳密さが求められない状況ではそうなってしまうのでしょう。

理系人間からすると
「地獄というのは、想像を絶するような苦痛を想像を絶する期間味わわなければならないような極限の状況であり、そんな普通にしていられるような状況ではありませんよ」
みたいなことを言いたくもなるのですが、完全に空気を読めていない変人になってしまいますので勿論言いません。

大袈裟な表現がかなり多用される世界と言いますと

で、大袈裟な表現が増えてきたなあと感じていた昨今、そのような表現が超多用されている世界に思い当たるところがありました。

それはYoutubeです。

通り過ぎていくユーザーの気を少しでも惹くために、意図的に大袈裟な表現にしているのだと思います。

サムネイルが気になって動画を開いてみたら、全然大したことが無くて残念に思った…という経験は5回や10回ではありません。

しかしこれは、私が理系人間だということで「本当に地獄のような状況なのか…?」とか「本当に神レベルなのか…?」とか真面目に考えてしまうのがあまり良くないのだと思います。

もっと軽く考えて受け流すスキルを育てないと、ちょいとばかし生きにくい世の中になっているのかもしれません。

それではまた。