賑やかさは人でなくとも演出できるだろうという結論をメタバースを通して考える
メタバースとAIと
こんにちは、本ブログ記載主のトーターです。
今日は、ちょっと面白そうなAI技術のお話です。
私はメタバースの今後の進化・発展に期待していまして、新しいメタバースサービスがあるとよく試してみたりしているのですが、そのたびに毎回思いますのは
「人が全然いなくて寂しい」
ということです。
たくさんの人がメタバース内に一堂に会して賑やかになることをイメージしているのですが、人がいることがあまりありません。
たまに数人見かけたりはするのですが、「賑わっている」とは到底言い難いです。
もっと賑わって欲しいなあ…と毎回残念な思いをしていたそんな中、以下のニュース記事を見つけました。
外部記事:3つの生成AIを連携し、NPCを自動生成 「メタバースに賑わいを」 ドコモが新技術
なんと、AIを使ってメタバース内にキャラクターを設置し、賑わいを演出するということなのです。
ただ「そこに在る」だけでなく
なるほど、これでしたらメタバース内にいくらでもキャラクターを増やせて、賑わっているように見えるはずです。
誰もいない空間に独りぼっちということはなくなるでしょう。
まあでもAIによるキャラクターがどんなに居てもそれは人間ではありませんので、違う意味で寂しくなりそうですけどね…。
とは言え。
とは言えですよ。
昨今の生成AI技術の進化具合は、AI情勢にアンテナを張っている人なら言わずと知れたところでして、リアルタイムにリアルな会話相手になれるAIも出てきています。
「AI 会話」などで検索してみましても、実にいろいろなサービスがヒットします。
メタバース内に設置するAIキャラクターも、人間が話しかけたら適切に返答をくれたりとかAI同士で自動で会話してたりとか、そういう動きをやってくれますと、「ただ単にキャラが多い」という賑やかさではなく「いろいろな人が一堂に集まっているように錯覚できる」賑やかさが実現できるかもしれません。
結局は受け手の感じ方
「結局人はいないんでしょ?」というふうに考えてしまいますとAIキャラが居ても居なくても実際は何も変わらないと冷めてしまいがちですが、それでも見た目一面誰もいない(もしくは全く動かないキャラしかいない)のとまるで人のように動き回っているキャラがいるのとでは受ける印象がだいぶ違うと思うのですよね。
人っ子一人いないゴーストタウンを孤独に歩くのと人で賑わっている休日の新宿を歩くのとの違いと同じようなものです。
誰にも話しかけたりはしないかもしれませんが、やはり人がいるというのはそれだけで良いものです。
(誰も居なくて静かな方が良いという人もいるかもしれませんが…)
そしてそのうち「人なのかAIなのか全然見分けがつかない」という段階がやってくると思われますので、そうなると更に違和感が無くなっていくものと思われます。
色々な弊害も出てくるでしょうが、私はこういう技術が進歩していくのが楽しみですね。
孤独な老人になった時に入り浸る可能性も…。
それではまた。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません